努々疑うことなかれ

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松松物語

松松シンメの魅力に、紡ぐ物語の美しさがあります。松松物語はとにかく伏線が多い。しかも伏線回収しまくるしまくる。伊坂幸太郎もびっくり。

そんな大きなことから小さなことまできれいに繋がっている松松物語の簡単なまとめです。

 

けんか(2013年12月~2014年1月)

2012年からシンメとして活躍していた松松が初めての大喧嘩をします。

「元太の行動に引っかかって、でもそれをうまく伝えることができなくて。僕が一方的に怒ってて、2ヵ月も口を聞かなかったよね。」(松倉)

しかも喧嘩をしていた期間が舞台中だったため、いつもいちばん乗りで来る松松は楽屋でも気まずかったそう。

それが二ヶ月続き、仲直りは元太の方からでした。自分の何が松倉くんを怒らせてしまったのか、思い当たることをノートに書き出して〇△✖で採点をしたんだとか。

「俺もふたつも年上なのに意地張ってたから、元太に謝らせちゃって申し訳なかったな。」(松倉)

 

 

初めてツアーバックを外される

SexySecondツアーで、それまでツアーバックについていたセクゾからふたり一緒に外されてしまいます。

元太「「こんなにやってるのになんでだよ!」って思うこともあったしね。」

松倉「2人でツアーから外された時とか、一緒に辛い思いもしたしね。」

その時もグループがたくさんあって、その波に影響を受けたんだと思っています。シンメというだけでは戦いきれなかった2014春。

 

 

Sexy松結成

そんな初めてツアーバックを外されたツアーの公演でSexy松結成が発表されました。

松倉「オレって今までユニットに入ったことなかったから、すごいうれしい!」

元太「だよね。ユニットは自分にとってひとつの目標だったから、その目標がようやくかなった。」

しかし、ふたりにとって念願の初めてのユニットは、終わることが最初から決まっていたユニットでした。

「とりあえずは、オレらは聡の背中を見て、必死に追いつきたいな...と」(松倉)

それでも悲観せず、驕らず、自分たちの立場をしっかりわきまえてそう言うふたりをすごいなぁと思ったのを覚えています。普段から仲の良い友達でもその関係を仕事に持ち込まずに線引きできる、15歳と17歳でそこまでプロであることにこだわるんだって。

Sexy松としての経験は、この後のふたりに大きく影響を与えていると思っています。

 

 

けんか(2015年1月)

時期も内容もはっきりしませんが、本人達曰く「心の奥まで分かりあった気がする」らしいです。よく分かんないけどよかったね!

元太「とりあえず言っておきたいのは、オレとまつくは今、最強につながってるから!」

松倉「お願い、めちゃめちゃ恥ずかしいから、もう言わないで。...実際そうなんだけどさ(笑)」

 

 

勝つんだWIN

SexyPowerツアーの横アリで初披露されたこの曲。その時は平野髙橋神宮寺岩橋松田松倉というメンバーで、歌詞の内容と時期もあいまって「バレーデビュー曲では?!」なんて騒がれたりもしてました。

ですがその後、松倉くんと元太は岸くんと廉のアンダーだったことが判明します。ふたりが歌割りをもらえていなかったことから、松松の曲ではないことはなんとなく分かっていても、それでもやっぱり凹みました。

そして正規メンバーで披露した少クラ。バックにいたのは松松。松倉くんがあんなに悔しそうに踊っているのを初めて見ました。(元太は見れていません)このことについて本人達から何か発言があったわけではないのですが個人的に忘れられない悔しくてやるせなくて、今思い出しても泣きたくなる出来事です。

 

 

松倉くんSHOCK出演、元太見学

ぽんこつ博多座のフライングという形で、松倉くんがSHOCK梅田・博多座に出演することが発表されます。博多座グッジョブ。

 

松倉くんはSHOCKで嬉しかったことに、元太がたくさんメールをくれたことと、大阪まで見に来てくれたことを挙げています。

「元太は、博多公演の最後の方でも「ケガすんなよ~!」とかいっぱいメールしてくれて。うれしかったし、いいコだなって思ったよ。」(松倉)

「元太が劇場に着く前に「シンメが活躍するの見てると泣いちゃう」と泣きながら電話してきた。」(松倉)

 

ひとり自腹で大阪までSHOCKを見に行った元太は感情洪水警報が鳴り止みません。

「幕が上がってからは、ずっと松倉のことを見てた。もうね、最初から泣いてた。」(元太)

「終わったあとも楽屋に行って話したし、帰りの新幹線に乗る前に、もう1回話したくて、大阪駅からまつくに電話したの。思ってることを全部伝えたらまた涙が出てきて、駅で泣いてた。」(元

堂本光一くんの横で、堂々としたオーラで演技したり踊ったりするまつくを見てたら、帰りの新幹線で感動と刺激とうれしさと悔しさ...いろんな思いがグチャグチャになって、ポロポロ涙が出てきたんだ。」(元太)

そして後にこうとも語っています。

「SHOCKにまつくだけが出るってなったとき「あ~」みたいに思ったし、「なんだよ」って悔しかった」 (元太)

今までふたりでやってきて、「ひとりよりもふたり」だった元太にとって「まつくだけ」が選ばれたっていうのは想像以上に辛かったんじゃないでしょうか。

ただ、どうしようもなく悔しくても、そこでひねくれたりしないのが元太の人としてできているところで、松倉くんが旅立つ前にはいってらっしゃいパーティーを開いてくれるんだからすごい。自分の隣に帰ってくることを微塵も疑わない、いってらっしゃいってすごい。

 

 

ジャニワ松田元太旋風

そんなSHOCK観劇をきっかけに、元太のダンスがガラッと変わります。進化したダンスが初披露されたのがその年のジャニワでした。

「この前『JOHNNYS'World』を観に行ったら、ソロダンスをカッコ良く決めてて!悔しいけど、セクシーさではもう敵いません(笑)。」(松倉)

Twitter「ダンスうまいと思って双眼鏡覗いたらだいたい松田元太」というツイートで溢れ、松松としてではなく松田元太として改めて注目された冬。

「今松倉も『~SHOCK』の稽古を頑張ってるでしょ。お互いに違う場所でしっかり成長してるはずだから、次にシンメで踊る日が楽しみだよ!」(元太)

 

 

松倉くん帝劇SHOCK出演

梅田・博多座に続き、帝劇でも松倉くん続投が決定します。

SHOCK稽古期間中はジャニワ上演中だったこともあって、松倉くんは元太の楽屋によく遊びに行っていたそうです。

「元太とはちょくちょく会いますよ。オレらがしゃべると熱くなっちゃうけど、仕事の話もちょこちょこします。その熱さは文面じゃ表せない!(略)今はそれぞれが今の環境で頑張る時期。元太が「SHOCK」を見て刺激になったって言ってくれてすごくうれしかったし、オレも元太を見て頑張ってるなって思ったし、ダンスも上達してる。そういう変化もお互いすぐ分かるんですよ。」(松倉)

そしてこの時期の雑誌で松倉くんが教えてくれたこと。

「僕と元太はずっとシンメだったんですが'15年の夏から別々に活動する機会が増えたんです。元太はそれが心細かったみたいで。でも僕が「お互いが別の場所で経験したものを合わせたらもっと強くなれる」と言ったら納得してくれました。」(松倉)

ジャニワのときに、「お互い違う場所でしっかり成長してるはずだから」って元太の言葉はここから来てたのか~~~!!!そしてそれをちょっと自慢げに話す松倉くん.....先輩風ならぬお兄ちゃん風が吹き荒れている模様。

個々の活動を松松へ還元することを誓った離ればなれ期間は続きます。

 

 

元太滝沢歌舞伎出演

タッキー曰く「若手育成を任された」滝沢歌舞伎2016では、事務所が育てたい若手8人に見事元太が選抜され出演します。

「この舞台がおわったら、自分で言っちゃうけど、ちょっと成長できるんじゃないかな」(元太)

この元太の歌舞伎出演が、約1年続いた松松離ればなれ期間のラストになったのですが、千秋楽のその夜にはふたりでクリエ見学に行くという(揃っての)驚異の寂しがり屋っぷりを発揮。そして元太の恐るべき体力。

 

余談ですが、

元太「まつくはかまちょしても何にも返ってこない。」

松倉「わかった。考え方を変えてみな。俺はお前にツンデレしてるの。俺の愛情表現だって思えばいいじゃん。」

元太「ヤダ!まつくのツンデレなんていらない!」

なんていう会話がお馴染みだった松松が、長い間離れてからはなんだか雰囲気が甘くなりました。主に松倉くんの。分かりやすすぎる。

 

 

Theyクリエでシンメ復活

ふたりが見学厨であることを考慮しても、「えっ?!!」と驚いた滝沢歌舞伎千秋楽からのクリエ見学も、多分このためだったんだろうなと思います。

久しぶりのふたりで披露されたDear WOMANもかなり気合が入っている様子でした。

「まつく(松倉)が『Endless SHOCK』から帰って来て久しぶりにふたりで踊るから、いいものにしたいねって。」(元太)

 「君が今ここにいること とびきりの運命に心からありがとう」という歌詞があるこの曲は、過去に

「最近つくづく思うのは今こうして2人が揃ったのが本当に奇跡なんだってこと。」(松倉)

「奇跡なんだよ、本当に。」(元太)

と語っていたふたりらしい選曲だったのではないでしょうか。

 

元太「あんなにキャリアもあってカッコいい方たちと一緒に公演がやれるなんて、本当にラッキー!」

松倉「勉強させていただきます!」

 

 

サマステ出演

シンメというだけでは戦いきれなかったあの春から2年。あの時と同じくらいにたくさんあるユニットの中に、シレッと、そこにあるのが当然であるかのようにあった松田元太 松倉海斗」 の文字。出演者として名前が書かれていた中でユニットに所属していないのは松松だけで、もう松松というユニットなのかもしれない、なんて割と本気で思いました。

They武道のクリエ公演にも出させてもらったけど、自分たちのファンの前...っていう意味では、この夏のサマステがホントに久しぶりなの。」 (松倉)

「自分たちも、自分たちだけが持っている世界観を表現しなきゃなって思ってるよ。」(松倉)

松松のことをよく知る人たちが多く集まったこの会場でも"自分たちの世界観"を見せつけ、観客はもちろん、取材に来ていた方が「久々に見た松松がすごいよかった」と感想を言っていた、という目撃情報もあったほどです。

そして、そこで披露された『勝つんだWIN』では、もう悔しさを滲ませていた顔なんて面影もなく、自分の曲だと言わんばかりに堂々と踊っている松倉くんがいて。(元太は見れてません)あの時の悔しさもやるせなさも、今までのマイナスの感情が全部飛んでいってしまいました。

 

 

夏から秋にかけての活躍

この2016年夏から秋にかけてが本当に目まぐるしくて、ボルトか松松かってくらいに駆け抜けていった夏から秋。

 

サマステの後はサマパラ#Honey♡Butterflyに、健人選抜として出演。健人自身が前の年から密かにオーディションし選ばれたということで...。

「松田(元太)と松倉(海斗)はとても踊りがうまくて、松田は「ジャニーズワールド」、松倉は「Endless SHOCK」、それぞれが帝国劇場で鍛え上げられたダンスはバラードに活かすほかないなと。」

あのプロ意識エベレストなけんてぃー先輩が選んでくださったというだけで誇りなのに、そこでもきちんと爪痕を残します。期間中「ディアハイの松松(と颯くん)に泣かされた」というツイートをいくつも見かけました。

 

そこから息つく暇なくジャニフワに東京代表として出演。そうです、「プリプリのまつくがやばい」と話題になったあのジャニフワです。どこに出ても「すごい!」という賞賛の声を頂くのが松松なのですが、ジャニフワは特にその声が盛り上がった印象があります。

松田元太として、松倉海斗として、松松として、たくさん注目してもらったこの舞台で離ればなれだった1年間が全て繋がったような気がしました。していました。

そんなのまだまだ序の口だ!(cv.門倉先生)(伝われ)

 

揃ってのSHOCK出演

ふたりのあの1年間はジャニフワで円になったと思ったらまだ続きます。

この先何があっても一生忘れないであろう2016年11月15日、松倉くん19歳のお誕生日の次の日。SHOCK来年もやりますよ〜って事務所からメールが。「松倉くん今年も出れるかな…」なんてドキドキしながら開けたら、そこには松田元太 松倉海斗」の文字が。

嬉しくて、信じられなくて、壁に頭打ち付けました。

それぞれがオーディションを勝ち抜いて掴み取った位置です。今、自ら掴んだその位置にふたりは立っています。偶然にもシンメになることが多い役で。それぞれ役として独立しながら。

「光一くんから「もっと自分を出していいよ」って言ってもらったんだけど、あまり自分を出し過ぎると"甘えた"感じが出ちゃうので、そこは抑えなきゃと思っています。」 (元太)

「僕が初めて出演した時は、そこまで考える余裕がなかったけど、元太はもう考えられているんだから大丈夫だよ。」(松倉)

 

冒頭にも書いたように、こうやって振り返って見てみるとおもしろいくらいに全てが伏線に見えるんです。でも、その伏線に見えているものも当時は高い壁であって、ぶつかるたびにもがきながらも上を目指し続けた松松が出した結果が今に繋がっているんだと思っています。

SHOCKをきっかけに、それまで多くを共有してきたふたりが独立して紡ぎだした物語がまた重なって。ふたりが見てきた別々の景色がもっと松松を魅力的にさせていくんだろうなあと思うとワクワクが止まりません。

ひとりを経験してから口にする「ひとりよりふたり」は以前の「ひとりよりふたり」より段違いに強いのです。


これからも物語を紡ぎ続けるであろうふたりのストーリーメーカーに幸あれ。f:id:neherenia:20170214015801j:image